概要

ホーム > 同窓会 > 概要

津田梅子先生の言葉

梅子先生お別れするにあたり、次に話すことをよく心に留めてください。私たちはあなた方が不安な時も、恐怖を感ずる時も、そして希望と愛にあふれている時も、私たちはあなた方がどのような状況にあろうと、いつもあなた方とともにあるということを忘れないでください。皆さんが、ここで教えられたような立派さ、高尚さの影響を、皆さんが、生活の上で実際に示すことができたその時こそ、皆さんへの教育の目的が十分に達成された時だと考えています。先生をするのであれ、主婦になるのであれ、どのような方面の仕事をするのであれ、高尚な生活を送るように努力してください。古い時代の狭量さ、偏屈さを皆さんから追い払い、新しいことを求めつつ、過去の日本女性が伝統として伝えてきたすぐれたものをすべて保つ努力をしてください。

亀田帛子著 「津田梅子とアナ・C・ハーツホン」より

                        沿革と概要

母校の創立者津田梅子は、1900年良妻賢母が主流を占める時代の中で、高度な知識と豊かな人間性を兼ね備え、自ら考える力を持つ女性を育てるという革新的な理想を掲げ、質の高い教育によって女性の未来を開くために、私塾「女子英学塾」を生徒わずか10名で開校しました。そして、我が同窓会の前身女子英学塾同窓会は、1905年女子英学塾の第1回,第2回の卒業生が集まり、母校の援助を目的として創設され、その発会式は大山巌侯爵邸内で行われたのです。

さて、津田塾大学同窓会は、会員相互の親睦を深め、知識の向上を図るとともに、母校の隆盛に力を尽くし、社会に貢献することを目的としており、社会のいろいろな分野で活躍された先輩方をはじめ、大勢の同窓生によって支えられ発展し、活動を続けてきた長い歴史があります。そして同窓会は、母校が、学生の個性を重んじ、質の高い少人数教育を貫くことができるように願って、これまで多くの奉仕と援助をして参りました。草創期における母塾五番町の敷地の取得をはじめとする莫大な支援の繰り返し、関東大震災後のさまざまな支援事業、第2次大戦後大学昇格前後の援助及びその継続のためのツールとしての津田英語会の設立など、枚挙に暇がありません。同窓会は1947年には津田英語会と津田スクール・オブ・ビズネスを経営する財団法人津田塾同窓会となり、その本拠を置く基本的な財産として、千駄ヶ谷の土地を購入取得しました。その後1974年に(財)津田塾同窓会は、本来の上記の目的に専念する任意団体の津田塾同窓会と学校を経営する財団法人津田塾会の2つの組織に分離しました。その後財団法人津田塾会は、時代の移り変わりとともにその使命を終え、2008年3月をもって、土地建物を始めとするすべての財産を大学に寄付してその幕を閉じました。現在、この土地は、大学の「千駄ヶ谷キャンパス」と称され、津田ホールとオープンキャンパスが運営されており、また同窓会は、引き続きその津田ホール内に本部を置いております。同窓会は、2005年には創立100周年を迎え、2010年4月には総会員数が約3万名となり、現在、東京の本部を中心に国内24支部、海外6支部で活動しております。

同窓会はこれまでの100年、社会貢献をしながら母校愛と情熱を持つ多くの津田スピリットを持った素晴らしい同窓生により支えられてきました。現在、社会構造が大きく変化し、価値観が多様化する中、この同窓会を受け継ぐ私たちは、未来に向けて新しい時代に即応した形の同窓会を志向すべき時期を迎えつつあるといえるでしょう。

同窓生数の推移


同窓会: 概要 年表 組織 会長あいさつ

梅子先生のアルバム

お知らせ
津田塾リンク
津田塾大学

津田ホール

オープンスクール

津田塾大学津田梅子記念交流館
携帯はこちらから
QRコード

ページの上部に戻る